汽車の響きほど、ブラックミュージックの魂を象徴する音はない。
レールのきしむリズム、遠くで鳴る汽笛、そして旅立ちの夜の静けさ──それらすべてが、ソウルミュージックやR&Bの世界では「人生」や「愛」を語る比喩として繰り返し使われてきた。
アメリカ南部から北部への「グレート・マイグレーション(黒人の大移動)」の時代、汽車は故郷と家族を残して新天地へ向かう手段であり、同時に希望と別れを象徴する存在だった。
“Train Song”とは単なる乗り物の歌ではない。
それは移動=変化=解放のメタファーであり、愛に破れた者が夜汽車に乗って再出発する姿、あるいは夢を追って都会へ向かう若者の息づかいを描くための“サウンドトラック”だった。
汽車のモチーフは時代とともに形を変えた。
70年代には「Midnight Train to Georgia」や「Love Train」に代表されるように、希望や連帯を象徴するソウル・アンセムとして。
80年代に入ると「Love’s Train」のように、恋愛のすれ違いを比喩する繊細なR&Bバラードとして。
そしてファンク全盛期には、汽笛のようなホーン・セクションとリズムで、クラブの熱気を表現するダンス・トラックとして生まれ変わった。
列車の旅はいつも、どこかに“別れ”があり、“新しい出会い”がある。
それはまるでブラックミュージックそのものの歴史だ。奴隷制からの解放、南部ブルースからソウル、R&B、ヒップホップへ──いつも音楽は、次の駅を目指して走り続けてきた。
今夜紹介する5曲は、そんな「列車=人生の軌道」をテーマにしたソウルフルなトリップ。
愛の終着駅へ向かう夜行列車、希望を乗せたラブトレイン、そして時代を越えて走り続けるファンク・グルーヴ。
汽車のリズムに耳を澄ませながら、あなたの心もきっと、どこか遠くへ旅立つだろう。
① Gladys Knight & The Pips – “Midnight Train to Georgia” (1973)
Billboard Hot 100: 1位
R&Bチャート: 1位
ソウル史に燦然と輝く“鉄道バラード”の決定版。ロサンゼルスの夢破れた男を追って、ジョージア行きの真夜中列車に乗る女性の物語を、グラディス・ナイトが深く情感をこめて歌い上げた。1970年代初頭の「アメリカン・ドリーム」の影と光を象徴する1曲であり、ブラックミュージックの真骨頂──愛と誠実さをテーマにしたストーリーテリング・ソウルの金字塔だ。
当時、アメリカでは南部から北部への移住(いわゆる「グレート・マイグレーション」)を逆にたどるようなこの歌詞が話題となった。

② The O’Jays – “Love Train” (1972)
Billboard Hot 100: 1位
R&Bチャート: 1位
「People all over the world, join hands — Start a love train!」
このフレーズを聴けば、誰もが笑顔になる。フィラデルフィア・ソウルの代表作として知られるこの曲は、世界中の人々を“愛の列車”に乗せるという壮大なメッセージソング。ブラックミュージックが「社会と愛をつなぐメッセージ」を担った時代の象徴だ。
プロデュースはギャンブル&ハフ。公民権運動後のアメリカに希望を取り戻す“音の平和列車”として、世界中のステージを駆け抜けた。

③ James Brown – “Night Train” (1961)
Billboard Hot 100:35位(James Brown version)
R&Bチャート:5位
ジェームス・ブラウン初期を代表する、まさに“疾走するソウル・トレイン”のようなインスト・シャウト・ナンバー。
原曲はR&Bサックス奏者ジミー・フォレスト(1952)のヒットだが、ブラウン版はステージ・ショウの決め技として完全に別の輝きを放つ。
ホーンセクションがまるで汽笛のように鳴き、
リズム隊は線路を叩く車輪のようにタイトに刻む。
ステージ前方でブラウンが「Niiight Traaain!!」と叫べば、
そこはもう“黒いエネルギーが駆け抜ける鉄道ショウ”。

当時、アメリカ南部の黒人コミュニティでは汽車は移動・旅立ち・自由への象徴とされており、JBのこの曲は“夜汽車に乗って街から街へソウルを運ぶ”かのようなライブ・アンセムとして機能した。やがて『The T.A.M.I. Show』(1964)をはじめとするライブ映像で世界に衝撃を与え、後の『Soul Train』スタジオ・ダンサー文化やファンクのショウマンシップの原点とも語られる。まさに“ジェームス・ブラウンが夜行列車そのものになった瞬間”と言える歴史的な一曲だ。
④ Johnnie Taylor – “Disco Lady” (1976)
Billboard Hot 100: 1位
R&Bチャート: 1位
タイトルには“Train”がないが、歌詞の中に出てくる「She’s movin’ like a train」──まるで列車のようにリズムを刻む女性の描写が象徴的。都会のクラブカルチャーが台頭した70年代半ば、“列車”は自由な身体表現と官能のメタファーとして使われた。
ジョニー・テイラーの艶やかなヴォーカルとホーンの爆発が、まさに“ソウル列車=Soul Train”そのもの。番組『Soul Train』でもヘビープレイされ、ディスコ時代の幕開けを告げた名曲だ。

⑤ Con Funk Shun – “Love’s Train” (1982)
Billboard R&B Chart: 47位
80年代初頭のスウィート・ファンク黄金期に輝いた、コン・ファンク・シャンの名バラード。愛のすれ違いを“Love’s Train”というメタファーで描いた切ないミッドテンポ・ナンバー。
シンセとギターの絡みが車輪のリズムを思わせ、ヴォーカルのハーモニーが夜汽車のように流れていく。
この曲はのちにBruno Mars & Anderson .Paak(Silk Sonic)がカバー(2022年)し、再び注目を浴びた。時を超えて走り続ける“愛の列車”──ブラックミュージックのロマンがここにある。

「Train」をモチーフにしたソウルやR&Bは、単なる乗り物の歌ではない。
それは“移動”の象徴であり、人生の転機、愛の別れ、自由への出発を描く装置。
南部から北部へ──都会から故郷へ──愛から孤独へ。列車は、ブラックミュージックの歴史と共に、心の風景を運んできたのだ。




















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