―トム・スコットのサックスが映画に刻んだ孤独の旋律が耳から離れない訳
1976年の映画『タクシードライバー』は、アメリカ映画史において“孤独”と“逸脱”をテーマにした代表作とされる。日本で2022年に起きた安倍晋三元首相銃撃事件の犯人・山上徹也被告について、ネット上では公開直後から「トラヴィスを連想した」「孤独と憎悪の軌跡が似ている」と言及される場面が見られた。
もちろん、現実の犯罪行為を映画に重ねて“英雄視”することは誤りであり、絶対に避けるべきである。しかし“なぜ人々がそう連想してしまうのか”という心理や構図を読み解くことは、社会分析として一定の価値がある。その点を丁寧に整理し、加えて映画の象徴ともいえるトム・スコットのサックスが果たした役割をSoulFlava的に紐解いきたい。
■ 山上徹也被告と映画のトラヴィスが「連想される」構造
① 孤独・疎外感の描写
『タクシードライバー』の主人公トラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)は、ベトナム戦争帰還兵であり、社会の中に居場所を見つけられない男として描かれる。
- 睡眠障害
- 社会への不信
- 孤独感の慢性化
- 歪んだ正義感の暴走
これらの要素が映画の中で徐々に高まり、破壊的な行動へと走る構造がある。山上徹也被告の供述が報道される過程でも「孤立」「家族の崩壊」「行き場のない憤り」という言葉が繰り返し出てきた。こうした“孤独から暴力へ”の構図が映画を想起させたと言える。
② 社会問題への個人的復讐心
トラヴィスは社会の堕落を自分の中で誇張し、“自分なりの正義”でそれを裁こうとする。映画では政治家パランタイン候補を暗殺しようとする計画があるが、これは政治思想ではなく、孤独と歪んだ救済願望の出口として政治家が標的化されたに過ぎない。山上徹也被告も政治的動機ではなく、特定団体への個人的な恨みが政治家を標的にさせた点が報じられた。「個人的な怨恨が、社会的象徴を攻撃対象に変えた」という構図が似て見えるのである。
③ “英雄物語”を拒否する物語構造
『タクシードライバー』は、暴力を肯定する映画ではない。むしろ 社会の無理解と孤独が個人をどこまで追い詰めるかを描いた反暴力の映画 である。しかし、暴力の後にトラヴィスが一部の市民から“ヒーロー扱い”されるという皮肉があり、これが“現実社会の危うさ”とリンクしてしまう。山上容疑者についても、ネットの一部で“英雄化”を試みる極めて危険な動きがあった。映画が警告した「暴力の英雄化」が、現実に起きた形だ。
④ 社会が抱える“見えない闇”を映し出す鏡効果
映画のトラヴィスは、彼一人の物語ではなく、“都会の孤独・格差・暴力・無関心”の象徴である。日本社会でも、孤独・貧困・無縁化が問題として長く語られてきた。この「社会構造の闇が個人に沈殿し暴発する」という物語性が、山上事件をめぐる議論で無意識に映画を参照させてしまったと言える。

■ トム・スコットのサックスが果たした映画的役割
『タクシードライバー』の音楽は、作曲バーンハード・ハーマンの遺作であるが、その象徴的なメロディを吹いているのがジャズサックス奏者 トム・スコット である。彼のサックスは、映画の“もう一つの主人公”と言えるほど重要な役割を担う。
♩Bernard Hermann & Tom Scott – Taxi Driver
① 孤独のニュアンスをサックスの音色で可視化
トラヴィスの心理描写はセリフではなく 音楽の質感で語られる。
サックスの音色は
- 湿り気
- 都会のネオンの反射
- 未消化の焦燥
- 内向的な痛み
これらを象徴する。まるでサックスが“トラヴィスの内なる声”を代弁しているようであり、サックスの音色がキャラクターの心理を代わりに語る構造になっている。
② ニューヨークの退廃した夜景を“音”で描く
映画の舞台は、麻薬・売春・暴力が蔓延する70年代ニューヨーク。その退廃した夜の街に、スモーキーなサックスが溶け込むことで、都市そのものが孤独の巨大な生き物として描かれる。サックスは “街の息遣い” として鳴り、観客にニューヨークの空気を感じさせる。
③ 暴力の予兆と静寂の対比
トラヴィスが暴力へ向かうとき、音楽は抑制され、サックスも影を潜める。逆に、彼が孤独の底にいるときにサックスが響く。これは
“暴力の瞬間より、孤独の時間のほうが痛みを持つ”という逆説的な演出である。観客は、サックスが流れる瞬間にこそトラヴィスの心の傷を深く感じる。
④ トム・スコットの演奏がトラヴィスの“人間性”をかろうじて保つ
トラヴィスは暴力へ向かう人物だが、映画は彼を単純な悪として描かない。その“人間の残り火”を感じさせているのが、トム・スコットのサックスの柔らかいビブラートや哀愁のフレーズである。ハーマンの冷たいオーケストレーションの中に“唯一の温度”をもたらすのがサックスといってもいい。
■ まとめ:映画は現実を説明しないが、構造を照らし出す
山上容疑者とトラヴィスを重ねて語ることは、犯罪を肯定するものではない。しかし、人々がそのように感じてしまった背景には、
- 孤独と疎外の物語構造
- 個人的な怨恨が社会の象徴に向かう構図
- 暴力の英雄化という社会の危うさ
- そして“病んだ社会が生む影”というテーマ
が共通して見えたからだ。
そして映画では、その“影”を決定的に形づくっていたのがトム・スコットのサックスで描かれた孤独の音色である。
現実は映画よりも複雑で、対策も容易ではない。
しかし、映画が描き出した“孤独が暴力へ転じる危うさ”は、現代社会に向けた警鐘として今なお響き続けている。




















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